宿題の量で学力がつくならおたくの生徒はみんな東大に行ってるはずだろ

昨夜のこと。子どもが「宿題やらないと」といってやり始めたのは夕ごはんが終わった頃だった。帰ってきてすぐにやればいいものを、公園に行ったり、戻ってもだらだらしてなかなか始めない(こういうところは、パソコンの前に座ってもなかなか仕事を始めない父親そっくりだ)。ようやく本格的に取り掛かり始めたのは、7時少し前ぐらいだったと思う。秋にはピアノの発表会があって、曲も決まっているので、さっさと宿題を終わらせてピアノにとりかかって欲しい、と思っていたのだが……。

……これが、待てど暮らせど終わらない。8時になり9時近くになってもまだ終わらない。「まだ残ってるの? 一体、どんだけ宿題があるんだ?」と見てみると、宿題は国語と算数のドリルが2ページずつ、計4ページ。これに加えて、自習時間に終っていなかったドリルも宿題でやらないといけないという。そりゃあ、確かに帰ってすぐやらなかったのが悪いといえば悪いが、それにしても2時間以上かかっても終わらない宿題というのはどうなのだ?

うちの子は、まだ小学3年生。「まだ終わらない」という娘を無理やり引ったてて歯磨きをさせ、とにかく寝かせた。小3の子どもが9時過ぎまで起きていていいとは思えない。翌日に差し障る。睡眠を削って、健康を害してまでやるべき宿題などこの世にない。というわけで、ドリルノートに「9時を過ぎたのでやめさせる。我が家では家族の時間を大切にしているので、終わるのに2時間3時間もかかる宿題を出すのは考え直して欲しい」ということを、もっとやわらか〜く書いておいた。正直、かなり腹が立っていたと思う。

そして本日。ドリルノートに返事が書いてあった。個人で進める学習分がたまっていたので時間がかかったのだろう、月例テスト用の勉強は本人も意欲があるので自宅でできる範囲内だ、これから4,5,6年と学習内容が増えるに連れもっと宿題は多くなっていくので自宅でもそれに合わせて欲しい、というような内容だった。つまりは「家でなんとかしろ、できないほうがおかしい、みんなやっている」ということか。少なくとも、自分たちの方針が本当に正しい方向を向いているのか改めて検討してみる、というような態度は微塵も見られなかった。

世の中、「ゆとり」などといわれているが、子供の勉強への縛り付けはかえって強化されている。小3にして、6時間授業が週に3回。帰ってくるのは4時過ぎだ。その上、毎月、定期テストがあり、そのためかどうか日々大量の宿題が出る。去年の担任は、さすがベテランで、テスト前に大量の宿題を出すことはあったが、テストが終われば宿題なしにしたり、週末は「発見したことを日記に書く」など、お勉強以外の宿題を考えたりしてメリハリが効いていた。ところが今年は、とにかくのべつまくなしに大量の宿題だ。うちの子はピアノぐらいしか習い事をしていないが、週に幾日も習い事をしている子などは遊ぶ時間はおろか自宅でくつろぐ暇さえないだろう。

子どもが通う小学校は、そうやって毎月テストを行い、必ず全員が100点を取れるように指導をしている。「全員が100点とれるテストなら、テストとしての意味ないだろ」と思うが、そうやって自信をつけさせる、らしい。そして「おかげで全国平均より上だ」とかなんとか胸をはっている。

だが、そうして毎日大量の宿題にうもれて過ごしたこの小学校の生徒は、中学高校と進むに連れみるみる成績が落ちて行く、ともっぱら噂されている。多量の宿題から解放されてやれやれと思うのか、中学になると友達と毎日遊びまわり、みるみる成績が落ちるということか。あるいは毎日過酷な練習を課される高校球児がプロに進むと体を壊して即引退となるのと同じ理屈で学習のための意欲の部分が壊れてしまうのか。少なくとも「勉強ギライ」を養成するには格好の学習法なのかもしれない。

人は、何かを実現させようとするとき、そのことに自信がある場合は「質」を、自信がない場合には「量」をもって推し量ろうとする傾向がある。例えばスポーツのコーチなどを見ても、やたらと「努力と根性」なんぞを振り回し、朝から晩まで練習させるのは、たいてい「己の能力に自信がない」連中だ。本当に自分の指導力に自信のある人間は、短い時間で質の高い練習をさせることを重視する。

本当の教育者であれば、小学3年生の子どもが2時間以上かかる宿題を連日(土日まで毎日!)出すような真似をするだろうか。うちの子が通う小学校以外にも近所には3つほど小学校があるが、どこもそれほど宿題は出していない。にも関わらずきちんと子供たちは育ち成長している。毎日、多量の宿題を出すのは、先生が己の指導力に自信がないからではないのか。

「いや、反復練習で基礎をしっかり身につけるのが……」という意見があることは知っている。が、家族の団欒の時間を奪ってまでそれはやるべきことなのだろうか。そもそも、本当に反復練習は基礎が身につくのか。――僕は小学校の頃、漢字の書き取りや教科書の音読が大キライだった。が、父親が大の読書家で家中本だらけだったため、暇さえあれば本を読みあさり、担任の教師以上に漢字を書けた。意味のある、子どもの興味を引っ張ることのできる反復練習ならまだしも、ただひたすらノートの升目を埋めるような学習が本当に学力につながるのだろうか。少なくとも、子供の頃の僕がそんなことを強要されたら、確実に成績は落ちただろう。


……そういえば、うちの子供は、ピアノがキライだ。練習が退屈でいやいややっている。なにしろ同じ曲を1ヶ月もやっているのだ、飽きて嫌になるのは眼に見えている。その子が、「今度の発表会、これやればいいじゃない」と、普段、妻が弾いていた曲をやらせてみた。最初は「えー絶対無理〜」といやいややっていたが、気がつくと一人で熱心に練習している。母親がカッコよく弾いていた同じ曲を自分も弾けそうだ、ということがわかってきたのだろう、他の曲は相も変わらずしぶしぶやっているが、発表会のソロだけは張り切ってやっている。

子どもの能力を馬鹿にしてはいけない。自分で本気で「やりたい!」と思ったら、大人の数倍の勢いで成長するのだ。プロのピアノ教師というのは、その子の特性を把握し、興味をもちそうな、飛びついてきそうなものを見せ、「やりたい!」と心底思うように指導できる人だろう。

教師は、教育のプロであるはず。2時間宿題をやれば100点が取れるだろう、それでダメなら3時間、それでもダメなら4時間やれば……。そんなものが「指導」と呼べるものか。毎日、何時間もの宿題を与えなければ学力の維持に不安があるとしたら、その原因は多分、子供にではなく教える側にある。プロだったら、「量」に頼るんじゃない。「質」で勝負しなさい。

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