Chromebookの衝撃

今年のGoogle I/Oは、盛り沢山だった。Android SDK 3.1によるタブレットの更なるブラッシュアップ、Gogle TVへの3.1投入、Google Musicの始動、Android Marketでの映画配信開始、etc etc.が、そうした諸々の「おお、こんなことが」「おや、こんなことも」といった情報も、すべてはこれで吹っ飛んでしまった。

Chromebookの発売。これだ。

AcerとSamsungからまずは登場するようだが、なんとまぁAcerのwifi版は349ドル。日本円にすれば3万を切る値段だ。更に量産されるようになれば、下手すると1~2万円のChromebookがごろごろ出てくるんじゃないか。そうなれば、「とりあえず1台買っておこう」と思う人は多いだろう。新しいOSの普及ということを考えたとき、「OS搭載PC」がどれだけ売れるか、これにかかっている。「1台3万円以下」というのは、強烈に挑戦的な価格設定だ。

このChromebookは、しかし値段だけが注目されるというものではない。これほど革新的な製品は、この10年ほどの間、かつてなかったんじゃないかとさえ思う。「え、どこが。ただChromeのブラウザだけが動く安いノートパソコンでしょ」と思った人。その通り。そして、だからこそ衝撃的なのだ。

Googleの基本スタンスは「すべてをWebに」だ。Googleのあらゆる事業は、それを目指して進められてきたと言ってもいい。だが、このスローガンは誰もが知ってはいても、実は誰も本当には理解していなかった。「すべてをWebに!」「はいはい、そうね」そう軽くいなして深く考えなかった。だがGoogleは、僕らが考えるよりも遥かに本気で「すべてをWebに」しようとしていたのだ。

このChromebookを前にしながら、これまでのGoogleの歩みを思い起こせば、すべてがこれのためにあったのだということがよくわかる。1年半前、Chrome OSが発表されたとき、誰もが「ま、そういうのはアリだと思うけど、実際問題として全部Webは無理でしょ」と考えていた。実際、その当時はそうだったと思う。だが今、Chromebookを前にして考えてみて欲しい。WindowsやMac OS XではできるけどChromebookではできないことって、そんなにたくさんあるだろうか。

アプリは? オンラインストアで購入しインストールできる。音楽は? Google Musicがある。電子ブックは? Google Bookがある。画像管理は? Picasaがある。オフィスは? Google Docsがある。データやファイルの保管は? Google Strageが動き出して間もなく解決できそうだ。スケジュール管理は? もちろんGoogle Calendarがある。電話は? Google Talkがある。印刷は? Google Cloud Printで無線LAN対応プリンタがちゃんと使える。ゲームは? もちろんある。数は少ないが、Angry Birdもちゃんとある!

GmailやGoogle Docs、Google Calendarなどは、この夏にオフライン対応し、ネットに接続できない状態でも使えるようになる。ローカルボリュームにファイルを保存することもできるようになった。ファイルマネージャを搭載し、ファイルをクリックすれば対応するWebアプリが起動して自動的に開くようにもなった。僕にとって、あと必要なのはEclipseと、行番号が表示される軽快なエディタだけだ(Google Docsは、あれは重すぎる)。

できないことばかりに目を向けず、「Chromebookでないとできないこと」にも目を向けようじゃないか。起動が速い(約8秒)とか、ハードがシンプルなので安く作れるとかいったことももちろんだが、それ以上に重要なことがある。それは、

「僕らをハードウェアから開放した」

ということだ。僕らは、もはやハードウェアにしばられない。自分のパソコンを後生大事に抱える暮らしから開放される。ハードディスクが飛んだら? コーヒーをぶちまけたら? 火事や地震でパソコンが失われたら? もしWindowsやMacを使っていたら、その損害は甚大だろう。だがChromebookなら大丈夫、何の問題もない。新しいやつを3万円で買ってきてログインすれば、すべては元通りだ。

いや、実はChromebookを買ってくるまでもない。WindowsだろうがMacだろうが、Chromeを立ち上げログインすれば、すべての環境はいつでも手に入る。使うパソコンは何でもいい、どこにあるどんなやつだってかまわない。ログインしさえすれば常に自分のChromeが出てくる。

Chromebookは、ハードとソフトの関係を逆転したのだ。それまで、ソフトは常にハードという檻の中に閉じ込められていた。だが、もはやソフトは自由だ。ハードなんて何でもいいのだ。この自由さ!

この1,2年、Webは正直いってその重要性が失われつつあった。iPhoneやAndroidがどんどん売れていき、あちこちのサービスはWebからアプリへと変わっていった。Webなんか時代遅れだ、アプリを作れ! そうすべての人は考えていた。そして、Webという自由な空間から、自分たちの専用アプリという檻の中にサービスを閉じ込めていった。iPhoneの中には山のようなアプリが入れられ、それを次々起動して「やー便利だねー」とみんな嬉々として使った。アプリという檻に閉じ込められたサービスを。

アプリの中身は検索できない。アプリの中身は、他のものとつながらない。ただ、そのアプリの中だけで完結し、他と分断される。オープンからクローズへ、それが「Webからアプリへ」ということなのだった。こんなクローズな世界があるべき未来のはずがない、とは誰も思わなかった。

Chromebookは、その流れを変えてくれるだろう。アプリからWebへ。アプリという檻からサービスを解放すべし。Webという自由な世界に戻ろう。――Chromebookには、そうしたGoogle開発陣の叫びのようなものを感じるのだ。

もちろん、現実はそんなに甘い幻想の通りにはならない。Chrome OSはまだまだ荒削りだし、使えるWebアプリもまだまだ揃っていない。なにより、すべてのWebアプリが共通で使える標準的なオンラインストレージがまだない。Google Strageはまだ緒についたばかりだ。

だが、希望はある。Googleは、常に走りながら考える。まずは出してしまえ、出して使いながらどんどん変えていけばいい。それがGoogleのやり方だ。ともかくも、出した。今はまだ未完成だ、だが1年後にはきっと使えるレベルにはなっている。WindowsやMac OS Xと同じレベルで考えられるようにきっとなっている。唯一の不安材料は……。

……「それがすべて日本語で使えるか」ということだけだろう。なにしろ、Chromeオンラインストアですら、日本から使えるようになったのはほんの先日のことなのだ。果たしてどこまで本気で日本語というおそろしくやっかいな言語に対応してくれるのか、そっちのほうがむしろ心配だ。何しろ僕は、死ぬまで「日本人」という檻に閉じ込められているんだから。

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