しまむら土下座事件の結末

「しまむら店員に土下座強要」で「炎上」した女性が逮捕

昨日からあちこちのメディアで報道がされているね。しばらく前に、Twitterで「しまむらの店員を土下座させている写真」がアップされた。購入した商品に穴が開いてたとかいったことでクレームを付けにいった女性が、土下座と自宅に出向いての謝罪を要求したという。写真はその土下座のシーンを撮影したものだった。

これがTwitterにアップされるや、この女性に対する非難が続出し炎上状態に。で、しまむらも女性を訴え、昨日、強要罪の容疑で逮捕になった、という次第。

ネットでの動きが現実社会を動かした――そう見ることができる。で、思ったのだ。

それって、いいことなのか?


ハフィントン・ポストのコメントを見ると、圧倒的多数がその女性を非難するものだった。彼女をモンスタークレーマーであると断じ、こうした人間を許すまじ、といった意見が大半を占めた。それは、「ネットで炎上→現実社会が動く→逮捕→ザマァ」という一連の流れをほぼ肯定したものに読めた。

怖い。

この報道で最初に僕が感じたのは、「その程度のことで逮捕されるのか?」という違和感だった。クレームを付けて店員を土下座させ、その写真を公開する。確かにひどい行為だ。だけどね、「逮捕」されるほどの犯罪だろうかこれが。

「そんなことが許されていいのか? 悪いことをした奴はつかまって当然だ!」

……いや、僕は別に彼女が「悪くない」といってるわけじゃない。彼女がしたことは、悪い。だけどね、「悪いことをしたら全部が全部、犯罪となり逮捕される」わけじゃないよ。

自動販売機でコーラを買ってお釣りを取ろうとしたら前の人が取り忘れたつり銭が残ってた。ラッキー! はい逮捕ね。――そういう世の中、変だろ? ありえないだろ? 誰だって、ちょっとした悪事を働くことはある。つい出来心でやっちまうことってある。

買った商品に穴が開いてた。はっきりいって、「しまむら」で買い物をする人は、断じて金持ちじゃない。けっこう生活が苦しい人たちだろう。それが買ったものが不良品だったら、「冗談じゃない!」と思ってクレームを付けに行くことはあるはずだ。もちろん、だから「土下座させてもいい」わけじゃないが、人間、カッとなって思っても見ないほどにやりすぎてしまうことはあるだろう。それは、「罪」かも知れないが「犯罪」じゃない。求めるべきは「逮捕」じゃなくて「謝罪」だろう。

この件ばかりではない。例えば、今年の夏は、Twitterでバカな写真を投稿する事件(?)が続出した。お店の冷蔵庫に入って写真をとったり、食材を使ってバカげた写真を撮影して投稿したり。なんでこんなバカなことをするんだろうな、と思うことをする連中が大勢出てきた。

けれど、そうした人間を見つけると、大勢でよってたかって叩き、アカウント停止に追い込み、更には事件が起きた店舗を特定し、実行した人間を見つけ出して個人情報を晒す……これって果たして「正義」なのか?

社会の側も、またそうした動きに便乗したり同調したりする空気が形成されつつある。アイスの冷蔵庫に入って撮影をされた店では、冷蔵庫のアイスをすべて撤去し破棄したという。更には事件を起こしたのが原因で閉店した店舗もあるという。あり得ない、僕の感覚では。アイスったって別に剥き身で冷蔵庫に入ってたわけでもない。過剰包装が当たり前の日本では、その程度で食料が汚染されることなどない。「申し訳ないので全品10円引き!」とかにすれば「ラッキー」と思って僕なら喜んで買って食べる。それを、廃棄処分とは。意味がわからない。

しまむらにしたところで、訴えでたのは世間の動きを見てのことだろう。少なくとも「従業員をモンスタークレーマーから守るため」ではないはずだ。なぜって、この種のモンスタークレーマーは、しまむらの規模の企業なら今まで何百人と相手にしてきたはずで、そうした人を片っ端から訴えているとは聞いていないからだ。今回、訴えたのは、炎上騒ぎを見て、「訴えることで、しまむらの利益につながる」と判断したからだろう。

一昔前なら、「このばかモンがっ!」とお目玉を食らって終わりだった些細な悪事が、やたら大げさなものに仕立て上げられ、犯罪にされてしまう。それが肯定される世の中になりつつある。それはいいことだろうか。

僕はね、思うんだよ。世の中ってのは、「多少の悪いことぐらい大目に見てもらえる」ものであってほしいとね。「どんな些細な悪も見逃さない、すべて犯罪として取り締まるべき!」なんて世の中になってほしくない。

だいたい、ネットで彼ら彼女らを糾弾する人々は、果たして「世のため人のため」に正義を遂行しているわけじゃないだろう。ただ単に、「自分が面白いから」に過ぎないだろ?

誰も反論できない、「悪」と認定された人間を思う存分に叩く。面白いから「こいつ潰してもいい」と世間から認められた人間を寄ってたかって叩き潰す。どんなにひどいことをしても自分は「正義」の美名に守られているから平気。オレは正しいことをしてるんだ、そう酔っていられる。――冗談じゃない、そんなものが「正義」なものか。

いい人間もいれば、悪い人間もいる。それが世の中だ。「いい人間だけ」なんて、それは世の中じゃない。もっと「悪い人間を許せる余裕」が欲しい。世の中は、善人だけで構成されているわけじゃない。善人にもなれず悪人にもなれない、そうした人が大半なのだ。だからこそ、ちょっとしたことで善の側や悪の側についふらふらと流されてしまう。その程度の「悪」は、「悪」じゃない。


僕は全然見てなかったけど、世の中では「半沢直樹」がブームだったらしい。最終回に、悪役?だった相手が土下座したんだってね。――こっちの「土下座」は、みんなが見て喝采を叫ぶ。「土下座させるのはよくないんじゃないの?」なんて誰も思わない。だって、土下座させられてるのは悪いやつだからね。だから全然オッケー。だいたい土下座させるのは犯罪じゃないし。

そう、土下座は犯罪じゃない。罪かも知れないが、犯罪ではない。何度もいうが、求めるべきは「逮捕」ではなく、「謝罪」だ。「ごめんなさい」で済む話だ。昔からいうだろう?

「ごめんですめば、警察はいらない」って(笑)。

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