流れに棹差せば流されるのだ

何日か前になるけれど、新聞の読者投稿に、こういうものが載っていた。――現在、公開中の「海のエジプト展」にいったところ、みんな順番に並んで決まった時間だけ見て移動するようにしているのに、展示の前で移動しないでずっと見ている人がいた。後ろの人が進めず、そこで渋滞してみんな迷惑していた。大人なんだからもっと周りの迷惑にならないように考えてほしい。……というようなものだった。

よく覚えてないが、子供(いくつぐらいかはよくわからないが)の投稿だったように思う。それを見て、ちょっと考えてしまったのだね。いや、もちろんそういうマナーを守らず自分勝手な行動はよくありませんよ、はい。ちゃんとマナーを守るべきです。その人は、もちろん本人に問題がありますよ、ええ。ただね。

昔、まだ独身で東京に住んでいた頃、よく美術館などにいったものだ。その頃はまだデパートの美術館が残っていて、買い物がてらよく出かけたものだった。たいていの場合、中は閑散としていて、どこでも好き自由に見ることができた。僕はたいていの場合、最初から最後までざっと見た後、一番見たかったところに戻って、その絵だけを1時間ぐらいぼーっと眺めたりしていた。別に有名な絵というわけでもなく、それだけが特に優れたというものでもなかったと思う。ただ、「あ、これいい」と思うと、そればかり飽きずに眺めるのが好きだった。

あちこちの美術館・博物館にいったが、どこも本当に人は少なかった。そこを訪れるのは、本当にそうしたものを見るのが好きな人たちだけだったように思う。だが、これが「有名な作品」がどばっとやってくる企画展となると、すっかり様相が変わってしまうのだった。どこも長蛇の列が並び、見たい絵はほんの数十秒しか見ることができなかった。若かった僕は、腸煮えくり返りながら思ったものだ。「お前ら、本当に見たくて来てんのか? どうせ、3日もすれば見たものさえ忘れるんだろ? だったら来るな! 邪魔だお前ら!」

とあるものがそこにあり、本当にそれを欲する人がそこにいる。そこへ、気まぐれなメディアが目をつけ、商売のイベントをぶちあげる。それまでそれに興味もなかった人間たちがどっと押し寄せてきて、「本当にそれを欲していた人々」を駆逐していく。それは、展覧会に限らず、あちこちで見られる光景だ。

若い頃、山登りをよくやっていた。山登りというと、「自然を愛する人」という印象がある。だが、毎年、夏になるとどっと押しかけてくる「自称アルピニスト」により、自然は確実に破壊された。屋久島、白神山地、知床半島。世界遺産となり、大勢が注目するようになった途端、どっと観光客が押し寄せ、着実に自然は壊された。自称「自然を愛する」人たちによって、確実に。

そんな大げさな話でなくてもいい。例えば、近所にとてもうまいラーメン屋さんがあった。そこは地元の人たちが気軽に立ち寄って楽しめる店だった。それがテレビで取り上げられるや否や、どっと客が押しかけ、それまでその店を愛していた人たちが気軽に利用することはできなくなってしまった。そういうこと、よくあるだろう?

その昔、初めてモナリザが日本に来たときのことを覚えている。それは新聞の一面トップで報道された。長い時間待たされ、見るのはわずか3秒。立ち止まることさえ許されなかった。それは、果たして「展覧会」と呼べるものだろうか。3秒、モナリザを見ることに、何の意味があるだろうか。それはもはや美術鑑賞ではない。ただの「イベント」だ。モナリザを見るというイベントにオレは参加してきたぞ、それだけの意味しか持たない。

何がいいたいんだろうな、僕は。つまりね、そのエジプト展の展示に、必死で噛り付いていた人は、ひょっとしたら「本当に見たかった人」なのかも知れないと思ったのだ。ただ「イベント」としてそこに参加しに来た人でなく、ずっと前からそれに興味を持ち、いつの日かこの目で見ることを夢見てきた人だったのかもしれない。その他大勢の人々のように、並んでほんの数秒眺めて納得することがどうしてもできなかったのかも知れない。なんとなくそんなことを思ったのだ。

もちろん、「ただの礼儀知らずなおっさん」だった可能性もある。いや、その可能性のほうがはるかに高いだろう。ただ、何万人入場してきたのか知らないが、その中には、本当にそれを待ち望んだ一握りの人々もいたことだろう。どっと押しかけ、マナーを守り数十秒ごとに展示を順繰りに眺めて事足れりとする、実はその対象に何の恋着も持たないごまんの人たちによって、彼らは排除され、数十秒ごとに押し流されていく。ひょっとしたら、何十年もの間、それを見るのが彼の悲願だったかもしれない。あきらめきれず、立ち止まり、流れに逆らってひたすら見つめようとすれば、大勢の「その対象などどうでもいい、礼儀正しい人々」によって非難され抗議される。そして彼らは、心からそれを望んでいた人々を、自分たちと同じ速さでそこから押し流し、「礼儀知らずは去った、いいことをした」と未練もなくその場を去っていく。

何も考えないその他大勢の行動が、本当に大切な世界を破壊する。何も考えずに流されていく大勢が、考えて考えて考えてきた人々を押しのけていく。それが、正しい有り様なんだろうか、と、ふと思ったのでした。「そうだ、それが正しい有り様だ。どこに疑問がある?」と思った人、そういう人が大半なんだろう。こんなことで引っかかるほうがどうかしてるんだろうな。

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