「優れている」とはどういうこと?

とあるIT系メディアのサイトにあった記事なのだけど。2010年は、「iphone4」の年だった。いろいろAndroid携帯が出たけど、「iphone4以上にすぐれたものはなかった」「iphone4は、もっとも完成度が高い」という結論だったのだね。それを見てうーんと考えてしまったのだ。

iphone4は、携帯電話として明らかな欠陥がある。1つ、落とすと割れる。持ち歩いて使うことを前提とした携帯電話で、ちょっと落としたぐらいで壊れる機器というのはもっとも根本的な部分の性能が欠落しているんじゃないのか。そしてもう1つ、握ると切れる。もちろん、他の携帯電話も多少の差はあれこうした現象はあるが、それにしても、ただ普通に握るだけで切れる電話ってのは、携帯電話としてどうなんだろう。

勘違いして欲しくはないが、僕はiphone4を高く評価している。そのデザイン性、インターフェイスの完成度、また各種ストアと連携したエコシステムなど、他の追随を許さないと思う。「Androidがこれから先はメジャーになりiphoneは衰退する」といわれているが、iphon5でよほど大コケしない限りそう簡単には落ちてこないだろう、という気がする。

が。だからといって「iphone4はもっとも優れた機器だ」などとは考えない。総合的な「優れ度」というのは、ただ使いやすいとかインターフェイスがすばらしいとかいったことだけでなく、もっとさまざまな要因について考えるべきことのはずだ。

デザインは重要だ。そしてさまざまな便利機能も重要だ。だがそれだけですべてではない。例えば、「壊れない」こと。そして「ずっと使い続けられる」こと。そうした基本的な部分をおろそかにしてはならないと思う。

例えば、先日、ダイソンの掃除機が壊れたのだけど、電話するといくらかで修理できるという話だった。これは、実は素晴らしいことなのだ。なぜなら、買って5年もしたら、日本の掃除機は修理ではなく「買い替え」を勧められるからだ。いわく、部品がない。いわく、性能がうんぬん。いわく、エコポイントがどうたら。そうして「修理して使うほうが損ですよ、とっとと買い替えなさい」といわれる。何年たっても「修理します」といってくれる、これはものすごく根本的な部分の「性能」じゃないのか。

結局、修理はちょっとペンディングとし、ドイツのミーレの掃除機を激安で購入したのだけど、これが驚くほどに静か。しかも、排気が真上に出るので周囲のホコリを巻き上げない。なおかつ、下手な空気清浄機より排気がきれい。他の日本製のものも山ほど見たのだけど、「吸引力が◯◯W」だの、「なんとかパワーで強力なんとか」だの、「なんとかフィルターで排気もなんとか」だの、いろいろ文句を謳っているのだけど、どれもダイソンやミーレよりきれいにならないんだよね。最初はよく吸うんだけど、たかが数年しか使ってないのにもう吸引力は落ちてくる。ミーレは「10年は大丈夫」そうだ。どうして国産の掃除機は「10年間、吸引力はまったく落ちません!」というのがないの? どうして数年で買い換えないといけないようなものしか作ってないの?

「壊れない」「長く使える」――このもっとも基本的な機能・性能をおろそかにして、よい製品は生まれない。そうじゃないか? 我が家の最初の車・フォルクスワーゲン・ビートルは、半世紀も現役だった。2代目のminiも20年以上現役だった機種だ。今、BMWになったけど、こいつも何十年と乗っている人が普通にいる。プリウスは30年乗れるんだろうか?

僕にとって、「すぐれたもの」は「長く使えるもの」だ。だが、多くの製品レポートを掲載するメディアにとって、これはどうでもいい性能らしい。むしろ、とっとと壊れて買い換えてくれるような製品のほうがすぐれていると評価されるようだ。これが普通なんだろうか。僕の感覚が変なのか。最先端の、しかし「あっという間に壊れる」製品を使っている人々に聞いてみたい気がするな。

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