「今年のノーベル平和賞はマララさん」ではない

ノーベル平和賞の授賞式があった。さすがに昨日今日の新聞は授賞式一色だった感がある。中でも、注目を浴びたのが、マララさんだろう。日本人は、「日本人以外の受賞者なんて目にはいらない」のが普通だが、マララさんだけは違ったようだ。あちこちでマララさんの名前を目にする。新聞の一面の下には、マララさんの本の広告がバーンと出ている。

ところで、ここでちょっと確認をしておきたい。「今年のノーベル平和賞受賞者は、マララさん」ではない、ということはわかっているだろうか?

「え?」と思った人。

今年のノーベル賞受賞者は、「マララさんとサティーアーティさん」である(報道ではサティヤルティ、サティアティなどの記述もあるけど、ここでは現地発音に近いサティーアーティと書いておきます)。

「なんだ、マララさんが受賞したことに間違いないじゃないか。けっ」と思った人。だから、受賞者は「マララさん」じゃなくて、「マララさんとサティーアーティさん」なんだってば。なんで、マララさんだけ名前を上げて、サティーアーティさんを無視するのさ?

おっさんだから? 子供でないから? 女の子でないから? 銃撃されて死にかけたところを九死に一生を得てないから?

「だって、マララさんは世界中の人が知ってて高く評価しているじゃないか。サティーアーティなんて、どこの誰だよ? 世界中のほとんどの人は知らないぜ?」

いや、知っている。彼はもう二十年以上も子供の権利を守るために活動しており、ハンブルグ国際平和賞、ジョン・F・ケネディ人権賞など世界中で数多くの平和や人権に関する賞を受賞してきている。世界は、十年以上も前からサティーアーティさんの活動を知っていて高く評価していたのだ。知らなかったのは日本だけだろう。彼はおっさんで、お涙頂戴なストーリィもなかったからね。

昨日今日の新聞やネットの報道などを見ると、二人の伝え方の違いに呆れる。あっちでもこっちでも「マララさん」だ。だが、正直いって、マララさんがそんなにすごいことをしてきたとは僕には思えない。彼女は、象徴だ。地に足をつけて本当に素晴らしい活動をしてきたのは、サティーアーティさんのほうだ。

今朝の新聞には、2人のスピーチも載っていた。マララさんのスピーチは、素晴らしかったが、正直、あまり胸に響いてこなかった。彼女は「これから」の人間であり、ノーベル平和賞も、これまでの活動の評価というより、象徴としての彼女、そしてこれから先の彼女への期待に与えられたからだろう。だからスピーチも、やや抽象的な部分もあり、実感として胸に訴えるという感じではなかった。

が、サティーアーティさんのスピーチは違った。新聞のスピーチ文を目で追っていくだけで涙が溢れてくるのを禁じ得なかった。二十年以上もの間、彼が今まで何を目にしてきたのか、彼がどのような思いで活動し続けてきたのかがひしひしと伝わってきた。インドという地でこうした活動を続けるのは勇気のいることだろう。おそらくは今まで、謂れなき暴力や暴言も数えられないほど受け続けてきたに違いない。一生を蟷螂の斧として生きる覚悟が人はできるものなのか。短いスピーチ文は、そうしたことを深く考えさせずにはいられなかった。

だが、ネットを検索しても、見つかるのは「マララさんのスピーチ全文」ばかりだった。サティーアーティさんのスピーチ全文は誰も見もしないのだろうか。大手メディアですら扱いは大差なく、朝日新聞などはWebサイトの「日本のノーベル賞受賞者と海外の主な受賞者」の一覧で、今年の平和賞のところにサティーアーティさんの名前すら出していない、という体たらくだ。(毎日新聞では、マララさん受賞とあわせ、パキスタン国内での「マララさん批判」をも記事にしていて「おっ」と思った。やるな毎日)


人は、どうしても派手で目立つものに目を向ける。地道にひたすらじっと努力し続けてきたようなものは面白くないし誰も目を向けはしない。だが、おそらく世の中は、そうした人によって変えられてゆく。

世の中は、一人の英雄ではなく、無慮数の無名の人間によってのみ変えることができるのだ。

マララさんには、何かがある。世界中の多くの人の耳目を集め、動かす何かを持っている。だが、それだけではダメだ。誰の耳目をも集めず、誰も動かせなくとも、ただ一人で地道に活動し続ける。そうした人々が少しつづ増えることで初めて世界は変わる。だからこそ、マララさんだけではなく、サティーアーティと2人が選ばれたのではないか。

だから、今年のノーベル平和賞は「マララさん」であってはダメなのだ。「マララさんとサティーアーティさん」でなければいけないのだ。

……と、僕は思うのだけど、多分、日本中の人間に「今年の平和賞は?」と尋ねれば、ほぼすべての人が「マララさん」と答えるのだろう。人は、変えられない。誰も変わらないことを覚悟の上で自分が変わるしかない。うむ。サティーアーティさんから学ぶことはことほどさように多い。

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