何日か前になるけど、朝日新聞のオピニオンのコーナーに、精神科医・評論家の 野田正彰氏による「現在の龍馬ブーム批判」のコラム?が掲載されていた。これが、あちこちで物議を醸しているようだ。ものすご~くかいつまんでまとめると。
- 龍馬は若くして亡くなり、中年期以降のイメージがまったくない。そのことから、永遠の青春像として愛されている。こうした「青春ばかりを愛する」というのは、ある種の成熟拒否といえる。
- NHKの「龍馬伝」では、史実と異なる内容になっているが、これが大河ドラマとして放映されることにより、歴史観を歪める可能性がある。
- 事実、龍馬は今までに国の政策として軍国主義の喧伝に利用された経緯がある。NHKの龍馬像は、ある種のバイアスを掛けて作られている印象がある。
- 「列強は日本を植民地化しようとしている。だから幕府を倒さないといけない」といった言い回しが幾度となく登場するが、史実として龍馬が日本の植民地化について深く考えていたということは残されていない。
これが、あちこちで批判されたり、いやよくいったと賛同されたり、けっこう評判となっているわけだ。僕個人の考えとして、「よく書かれたコラムは、賛否両論が沸き起こるものだ」ということがあって、そういう意味ではこれは非常によく出来たコラムなのだと思う。
まぁ、内容云々はおこう。詳しくは新聞を見て、としかいいようがない。ただ、この龍馬人気、僕も少し前からどことな~く気持ち悪く感じていたのも確かなのだ。最初は「これは福山人気なんだろう」と思っていたが、どうもそういうわけでもないらしい。坂本龍馬という歴史上の人物の人気がものすごく急上昇しているようなのだ。このことが、非常に気持ち悪い。
もともと、龍馬は史上の人物として人気のある方だとは思う。ただ、やはり歴史上の人物としては「織田信長」とか「徳川家康」なんてのからは一段下がった扱いで、「ちょっと毛色の変わったキャラクタとして人気がある」程度なのだと思っていた。ところが、今や龍馬人気は、信長家康を超えんばかりの勢いだ。そこが、どうも気持ち悪い。龍馬って、そんなにすごい人物だったっけ? せいぜい亀山社中を作って、大政奉還を進言した、ぐらいでしょ?(←そもそも大政奉還の発案者は薩摩の大久保や勝海舟だし、実際に進言したのは土佐の山内公のはず……)。実際に各藩や幕府を動かしたのは別にいるわけで、そうした「実際に何かをなした人間」を差し置いて、あくまで触媒だった龍馬ばかりがもてはやされるのはどうにも納得がいかない。鈴木カップリングじゃあるまいし。
妻曰く、「龍馬には人たらしのアイドル性があったんでしょ」とのこと。だがこれも、どうも背中がむずかゆくなる。例えば、龍馬の人間性を表す逸話として、こういうのがあるね。――大政奉還後、新政府の要職をまとめた案に龍馬の名前がなかったので、西郷が龍馬に尋ねたところ、「世界の海援隊をやる」と答えた、といった逸話。役職や肩書きに恋々とせず、常に新しい世界を見ている。素晴らしい、そういうところが龍馬はいいんだ、という。だがこれ、実は大正時代の作家・千頭清臣による創作であることがわかっている。実際には新政府案にはちゃーんと龍馬の名前も入っていて、相応の地位につくことが約束されていたんだよね。
現在の龍馬像は、こうしたさまざまな創作や憶測によって作られている。小説やドラマは、史実ではなくあくまでフィクションであるはずだが、こうしたフィクションによって龍馬は純化され、その純化された龍馬像が事実として浸透してゆくことになる。これは龍馬のファンにとってもよいことではないはずだ。本当の龍馬ファンなら、龍馬の本当の姿を知って欲しい、と思うはずではないか? まさか「嘘でもいいからかっこよくあってほしい」とは思わないだろうし、もしそう思うとしたら本当のファンではない。本当の姿から目を背け、偶像化された姿を崇める、そうなったらもはやそれは宗教だ。
思えば、NHKの大河ドラマは、かの井伊直弼を描いた「花の生涯」で始まり、原田甲斐の「樅ノ木は残った」でその地位を確立した。それまで定着していたイメージを打破し、歴史上の人物に新たな姿を投げかける、それが本来の大河ドラマの真骨頂だったのではないか。それがいつしか「日本という国を運営する者たちにとって都合のいい歴史観」を摺り込むのに利用されるようになっている気がしてならない。あなたのイメージする龍馬像は、実はNHKと司馬遼太郎によって作られたものかも知れない。そして、その作られたイメージにより、巧みに人々の心を国にとって都合のいい方向へと誘導されていくとしたら……。考えすぎかも知れない。だが考えすぎない人間に、世の中の本当のところはわからない。
龍馬人気の今こそ、「はたして、その龍馬人気はどうなのか?」ということを投げかけた野田正彰氏は、なかなかの人物だし、そうしたものをもってくる朝日新聞は、まだまだ捨てたもんでもないな、とちょびっとだけ思ったのでした。
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