人的要因

……グレアム・グリーンではないよ。

新幹線が最近良く止まる、らしい。17日も、システム上のトラブル?でJR東日本の新幹線が止まったが、どうやらシステムに異常があったわけではなく、勘違いが原因だったようだ。新幹線の運行システムは一度に最大600までの変更に対応していて、これ以上の変更が行われると一時的にダイヤの運行表示が消えるようになっていたそうだ。それを知らされていなかった現場の人間が「すわ、システム異常だ!」と列車を止めてしまった、ということらしい。

そもそも列車の運行数が増えているのに、対応可能な修正数の上限をあげるようシステムの改修を行ってこなかったのが悪い、というのはその通りだ。だが、たとえシステム上の欠陥があったとしても、現場に逐一その情報が伝わっていれば、こんなにあたふたすることはなかった。「システムの改修をしてなかった」「そのために引き起こされる問題などを現場の人間が把握出来ていなかった」という二重の問題が重なって今回のようなトラブルが起こったのだろう。

だが、今回はそうしたことが原因だったが、しかし今までのすべてのトラブルがそうした「システムや現場との意思疎通」の問題で起こっていたか、というとそうでもない。このところ、新幹線はけっこうよく止まる。15日にもケーブルが切れるトラブルがあったばかりだ。これは「システムの問題」でもないし、現場のコミュニケーションの問題でもない。作業員が疲弊断線に気づかなかったためだ。というと「作業員が悪い」となってしまいそうだが、そうじゃないと僕は思う。

……十数年前ぐらいからだろうか、何か大きなトラブルが起こると、いつも「人的要因」が原因、といわれるようになってきた。システムは問題ない。ハードに異常はない。人間の失敗だ、ヒューマンエラーだ。そういう話を耳にすることが増えた気がする。僕が子供の頃は、大きなトラブルなどが起こると、「なんとかかんとかに欠陥!」みたいな見出しが新聞に踊っていたものだった。最近は、ハードやシステムは問題ないが人間に問題がある、というようなケースが増えてきた気がする。

これって、どういうことだろう。それだけ日本のシステムやハードがよくなり、人的要因ぐらいしかエラーが起こらなくなってきた、ということなんだろうか。それとも別の見方をすべきなんだろうか。

あれこれ思ううち、ふと、今朝方うちの奥さんと話をしていて思いついたのだ。なぜ、最近になって人的要因によるトラブルが増えてきたのか。それはシステムの完成度が高いから人間しか間違える要因がない、わけではない。

そもそも、日本のあちこちのシステムは、決して完成度の高いものではなかったんじゃないか。日本のほとんどのシステムは、「人的要因」で動く前提で作られていたんじゃないだろうか。

新幹線はトラブルが非常に少ない、信頼性の高いシステムだ。そう昔は言われていた。だが、本当にそうだったのだろうか。それはシステムとしての完成度が高かったからではなく、さまざまなトラブルに繋がる小さなほころびを、大勢の鉄道員が必死につぶすことで維持されていたのではなかったか。

日本人は勤勉だった。なにより、自分の仕事と会社に誇りを持っていた。たとえ末端の現場の人間であっても、みんな自分のやるべき事をしっかりと、人並み以上に行っていた。そうした人々によって日本の大半のシステムは維持されてきたのではなかったか。

だが、そのようなことはもう続かない。人間そのものは今でも皆、勤勉で真面目だと思う。だが、働くことに誇りを持てない時代になってしまった。どんなに真面目に働いても上からは評価されず、能力が劣るがもっと安く働く人間のほうが会社に受け入れられる世の中になってしまった。そんな世の中になって、「もらってる給料分以上の仕事をしよう」と想い続けることができるだろか。

かくて、無数の真面目で勤勉な人々によってかろうじて保たれていた「完璧なシステム」から、次々と人が消えていき、システムは傾いていく。――そういうことなんじゃないだろうか。

これから新幹線を海外に輸出する、という。危ない危ない。諸外国では、誰もかつての日本人のように「システムを維持するために必死で働く」ことなんてないだろう。トラブルの芽を見つけても、労働時間が終われば帰ってしまうような環境で、果たして新幹線のシステムはきちんと機能するんだろうか。

みんなで頑張ればうまくいく。言葉としては立派だが、こんなのは実は最低なのだ。「誰も頑張らなくてもうまくいく」のが立派に決まってる。これから先も、なにか問題が起こるたびに、お偉いさんたちの口から聞かれるだろう。「人的要因」という言葉が。だがね、そもそも「人間なんかに頼ってるようじゃ、ろくなシステムではないに決まってる」のだ。人間なんか当てにしないで真っ当に動くシステムを考えるべきなのだ。さもなくば――、

……さもなくば、人間が、心底真面目に働こうと思える環境を本気で整えるか。そのいずれしか道はないに決まってる。人が、心から働ける会社を作らずに、なにが「人的要因」だ。笑わせるんじゃないぜ。


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