Bingの異常な愛情 ~あるいは、なぜ私は心配するのをやめてBing Chatを愛するようになったか~

 信じられない。

3月に入り、Google検索を全く使わなくなってしまった。こんな事が起こりえるとはまるで想像してなかった。

それもこれも、すべて「Bing」の影響だ。こいつのせいで、気がつけばブラウザはChromeからEdgeに変わり、メインの検索エンジンはGoogleからBingに変わった。まだGoogleドキュメントはWordのオンライン版には変わってないし、GmailもOutlookに変わったりはしてないけれど、「ブラウザと検索はマイクロソフト」が当たり前となり、それにすっかり慣れてしまった。

Googleからマイクロソフトへの移行。その最大の要因はもちろん「Bing Chat」にある。昨今、巷で話題となっているChat GPTのマイクロソフト版といったものだ。当初、GPTもすぐに申し込んで使っていたのだが、何しろ遅いし頻繁に蓄積データが破損したりして少々うんざり気味だったのだ。そんなところへ、マイクロソフトがBingにGPTベースのチャットを搭載したと聞いてすぐさま利用を申し込んだというわけ。

このBing Chatが、予想以上によくできている。エンジン部分はChat GPTと同じ(既に最初からGPT-4を使ってたのでChat GPT以上だったわけだが)。ただしこちらはBingの検索用に収集された世界中のWebサイトの情報がすべて学習データに利用されている。これはすなわち、「最新情報に強い」ということだ。

実際、GPTで新しい情報について質問すると「これは2021年以前のデータしかないからわかんないよ」といわれてしまったこともあったが、Bing Chatでは最近の情報にもちゃんと答えてくれる。例えば「ウクライナとロシアの現状について教えて」と尋ねると、2022年2月のロシアの侵攻開始からバフムトへの攻撃を続けている現時点の状況まで簡潔にまとめてくれ、その上、「詳しくは各URLを御覧ください」と参考となるWebサイトやニュースのリンクやプレビューまで付けてくれる。ここまでやってくれたら、もう普通のWeb検索なんてバカらしくてやってられないよ。

そして今朝、Edgeを更新したら、なんとブラウザのツールバーにBingのアイコンが! これをクリックするだけで、いつでもサイドバーからBing Chatが使えるようになってしまった。現在、常時ブラウザの右側にBing Chatのサイドバーを表示させたまま仕事をしているが、これがめちゃくちゃ使える。たまに間違えた答えや古い回答をすることもあるが、回答トーンを「厳密」にすれば技術的な質問で嘘をつくことはかなり減るし、回答内容には参考としたWebのリンクが表示されるので「怪しい」と思ったらリンクをクリックして参照元で確認すればいい。

(ちなみにサイドバーには電卓や単位換算、翻訳、辞書といったツールもあって、いつでも辞書で意味を調べたり、英文のテキストを翻訳したりできて超便利だ)

正直いって、もうChrome + Google検索には戻れない。マイクロソフトという企業の底力を見た思いがする。ひょっとしたら半年1年後にはBingが検索シェアでトップになってるかもしれないな、ブラウザシェアもEdgeがChromeを逆転するかも、なんて思ったりする(なにしろ現状、EdgeでないとBing Chatが使えないからね)。それぐらい、新生Edge + Bing Chatのパワーはすごい。

……で、実際に使ってみて思ったのだ。「この先、自分がやってるテクニカルライターの仕事って、いつまであるんだろうな」と。


これだけ何でも答えてくれるAIが登場したら、はっきりいってテクニカルライターなんてお払い箱じゃないか? もうAIでいいだろ? なんて思ったりしたのだけど、いろいろ使ってみるうちに、あながちそうでもないようだ、ということもわかってきた。どうやらもうしばらくは失業しないで済む気がする。

理由その1。AIは、まだ「本」が書けない。入門書などの書籍を書くためには、特定の事柄について幅広い知識を持つだけでなく、それを整理して内容を組み立てていかないといけない。入門者が一通り全体像をつかめるようになるにはどれとどれを取り上げて説明すべきか、どの機能は重要だがビギナーには不要か。書籍一冊ともなれば400字詰め原稿用紙で500~1000枚ほどのテキストを書くことになるわけで、これだけのボリュームの記事を、こうした全体の構成まですべて考えてAIがドキュメントを生成できるようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。

理由その2。AIは「わからない」ことがわからない。つまり、「プログラミング経験のない人は、ここでこうなるとこの部分がわからないだろうな」といったことがわからない。今のところ、「ここを教えて」と人間に言われないと答えられないのだ。例えば人間が教えるなら「こう答えたけど、でもこの部分はきっと難しいからわからないよね。だからもう少し説明するね」と相手の様子を考えながら教えていくことができる。AIが人間と同じように相手の反応から次に何をすべきかを自分で判断できるようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。

理由その3。AIは「まだ誰も知らないこと」について答えられない。テクニカルライティングの仕事は、新たに登場した技術について独自に調査し、解説することだ。実際にドキュメントを見ながらコードを書いて動かし、それまでの知識や経験から「これはこういうことかな?」と推測しながら調べていく。今のところ、これができるのは人間だけだ。AIは、誰かが既に調べて「これはこういうことだよ」とレポートされた情報を学習して回答する。AIが自分自身で調べて学習していけるようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。

というわけで、AIによって自分が失業するにはもう少し間がありそうだ。よかったよかった。


実際、Bing Chatを使ってみた感じたのだけど、これはプログラマが仕事をする上で猛烈に便利なツールとなるのは確かだ。しかし、プログラミングを知らない人がChat GPTやBing Chatでプログラミングを学ぶことは、もうしばらくはできそうにない。

現状のAIは、既にある程度プログラミングがわかっている人間が「ここがわからない」というときには役立つが、「何もかもまるでわからない」という人が「一から全部教えて」というのにはあまり役に立たないのだ。

なぜなら、本当の初心者は、ある技術について「どんな機能があるのか」「どれが重要でどれは重要でないか」「どういう順番に学習していけばスムーズに理解していけるか」「教わった知識をどうすれば実際に自分でも使えるようにできるのか」といったことが全くわからない。だから、GPTを前にしても、「まず、何から質問すればいいのか。何をどういう順に尋ねて学んでいけばいいのか」がわからない。

既にプロラミング経験がある人ならば、AIの回答をどう活かせばいいかがわかっている。例えば「〇〇するコードを書いて」といって生成されたコードを読んで「なるほど、こうするのか」と理解し、それを自分の開発に活かすことができるだろう。けれど全くの初心者は、AIが生成したコードを見せられても、どうすればいいかわからない。そのコードをコピペして動かし、「動いた」と確認はできるだろう。けれど、そこで終わりだ。生成されたコードを自分の血や肉にしていくためには、ある程度のプログラミング技術を持っていなければいけない。

これはプログラミングに限らない。例えば中学生や高校生が、AIの家庭教師を使って勉強をしていくことは可能だろう。けれど、生まれたばかりの赤ん坊とAIを一緒にしておけば言葉を覚えてすくすく育つか、といえば難しい。現状では、AIはそこまでできないのだ。


では、もうしばらくすれば、そこまでできる万能のAIが登場するのか? といえば、そう簡単にはいかないように思える。それは技術的な問題だけでなく、もっと根本的な部分――現状の機械学習をベースとするAIは、学習しなければ進化できない――に問題があるように思える。

GPTやBing Chatを使って漠然と感じたのだけど、これから先、AIがどんどん広まっていくに連れ、ひょっとしたら「AIが学習すべきデータ」が猛烈な勢いで減っていくのではないか? という気がしてならないのだ。

現状、AIはさまざまな「人間が作り出したデータ」を学習して回答を行っている。それは、世界中の人間が知恵を絞って生み出したものだ。

この先、AIがどんどん普及していくに連れ、「誰かのために自分の知識を形にして世に出そう」と思う人は急速に減っていくだろう。質問すればAIが的確な答えを出してくれるのだから、自分がわざわざ時間と労力を使って調べてレポートしなくてもいいのではないか。新しい技術が登場しても、そのうち誰かが出したドキュメントを元にAIが学習していろいろ教えてくれるだろう。だったら自分が苦労してドキュメントを書く必要なんてないんじゃないか。

誰もがそう思うようになり、自分で苦労して学び他者のために情報共有しなくなったら、AIは学べなくなる。AIは、新しい技術について具体的なデータを得られず、答えられなくなるだろう。AIは、いわば「凶悪な農薬を撒き散らして畑を耕す農業」のようだ。その時は素晴らしい収穫を得られるが、その畑は日増しに痩せ細り、いずれは荒廃して使い物にならなくなるのだ。

実際、仕事で書いている書籍に関することをBing Chatでちょくちょく聞いているのだが、回答されるのはほとんどが古いバージョンの話で、新しいバージョンの説明が出て来ない、ということがよくあった。まだ多くの人が新しいバージョンを使っていないからだが、つまり「大勢が使ってレポートしないとAIは何もできない」ということを実感したのだった。AIは、オレが本当に知りたい「まだ誰も使っていない新技術」については何も教えてはくれない。

現状のAIが便利に回答し続けるためには、無慮数の人間による努力が不可欠なのだ。大勢の人間が生み出すデータなしにAIは動かない。そしてAIが広まり、自分が時間と労力をかけて学び、生み出した情報をAIがスキャンして学習し、そこらの何の努力もしてこなかった人間たちに手軽に教えるようになるにつれ、人々は「苦労して学習データを生み出す」ことの無意味さを噛みしめることになる。このジレンマをどう解決できるだろうか。

AIが急速に人間に置き換わり、それまで技術を牽引していたプロフェッショナルたちが次第に口を閉ざすようになったら、そのとき全ては崩壊に向かうかもしれない。ふとそんなことを思ったりしたのでした。一昔前なら、「でもそうなる前にオレは死んでるけどね、はっはっは」と笑っていられたのだけど、思った以上に時代の変化は早そうだ。オレの寿命とAI社会の寿命、どっちが先に尽きるだろうか。願わくば、オレが先に尽きますように(あ、別に今すぐ尽きなくてもいいです)。


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